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2008年6月19日 (木)
感情の処理 その一

最近は、コメントが少し増えてきました。反応をいただけるということは嬉しいものですねえ。    以下に紹介するコメントを読んで、感情の処理についてお話をしようと思いました。

自分自身の持ち物である感情、それを持ったのは他の誰かのせいではなく自分の責任だとする立場をとることが、成熟した大人であることだと私は教わりました。

「 師匠の言葉、

>『どんな感情を持ってもそれはあなたの自由だ。
>恨んでも憎んでもよい。しかし、その感情は相手という
>誰かに持たされたのものではなく 、自分自身が持った
>ものだと心に決めること。そして、自分の感情は完全に
>自分で処理をすることです』

とても胸にしみました。。

人は苦しい時、つらいとき、そんな感情を自分が持っている
とは思いたくなくて、誰かのせい、何かのせいにしたり
しているのかもしれませんね。
でも、そう感じているのは、自分自身なんですよね。 」

・・・と、コメントしてくださった方、私と同じ道を歩まれようとしていらっしゃるのですね。

感情処理にはいろいろな方法があります。たとえば、以下のようなコメント・・・

「 心理療法で本当に過去のこだわりが消えると思いません!たとえば過去の出来事において憎む相手を直接制覇する事が出来ないならば、別の事で達成感を持ち、自分自身を生かして相手を制圧した以上の満足感を得なければならないと思います! 」

・・・この方のように、心のこだわりを解消するため何かを達成し、満足感を得るという方法もあります。大切なことは、憎む相手に対して自分の憎しみを解消させるため 「こんなにお前を憎んで俺は苦しい。俺の感情に責任を取れ。」と迫るのではなく、憎しみという感情を抱いた責任は自分にあり、この大切な感情を処理するのは、自分であると覚悟し、やってみることです。

では、他にはどんな方法があるかしら?

続き

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コメント

前回の私のコメントに対し、先生から意見をいただけたので、今回はもっと詳しくコメントしたいと思います。例えば私(野良衛門)が対抗心(恨み、憎しみを含む)を燃やす相手としてAという実業家がいたとします。Aに対する恨みが強ければ強い程、相手を制圧したいと思う事でしょう。わかりやすく言えば「殴ってやりたい」あるいは「殺してやりたい」思いです。ハッキリ言ってそれは可能です。しかし、対抗心というのは、たとえ相手を殺しても決して満たされるものではないと最近になって気付きました。なぜならば自分の中で相手に勝たなければならないからです。Aが野良衛門より年長者ならば、先に肉体も知能も衰えていくし、自然と制圧できるでしょう。ただし自分の中で勝った事にはなりません。あくまで実力でAを上回らなければなりません。それがビジネスだったとして、Aは元警察官だったとします。当然、法律的な知識が豊富であり数々の根回しが得意で裏社会にも通じているとします。そのAに対して同じビジネスで勝とうと思っても、それはナンセンスであると最近になって気付きました。なぜなら今からAと同じ経験と知識を得る事は時間的に不可能だからです。民間企業で雑草のようにあるいは野良猫のように生きてきた野良衛門には野良衛門ならではの得意分野があるはずです。しかもAには無い柔軟性を野良衛門がもっているなら、全く違った営業開発ができます。それらを活かして花を咲かせた時こそ自分の中でAを制覇し、心が満たされる時だと思います。

投稿 野良衛門 | 2008年6月21日 (土) 04時35分

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