昨日から、テレビと新聞で大きく報道されている「長崎県西海市の2女性殺害事件」に関する新たな事実。警察の「検証報告書」が出たのが3月5日。昨日は、これまで一切、触れられてこなかった事実が明らかになりました。
それは、習志野署(千葉県警)が傷害の被害届を「刑事課が一人も空いていない。一週間待ってほしい」との理由で受理しなかった二日後、担当刑事や捜査手順を決める係長らが署内のレクリエーションで二泊三日の北海道旅行をしていたというもの。(12月は犯罪が多いので警察は強化月間にしているはずなので私は不思議で仕方がありません。) このことを犯行直後から習志野署は把握していたにも関わらず、「検証報告書」では触れられていませんでした。被害届を受理しなかった理由は「他の事件を優先していた」からだと釈明していたのです。
そもそも、被害届を受理しなかったというのが決定的な過ちですが、実はストーカー事案や身内の暴力などで警察に被害届や告訴状を出しに行っても、なかなか受理してくれないのが実情です。私も過去、刑事たちに囲まれて「被害届を出したって何か解決するの?」などと説得を受けるという体験をしました。当会の相談者たちも、何度警察署に足を運んでも、結局被害届を受理してもらえなかったという経験を持つ人は例外ではありません。こういう場合、被害者は悩んだ挙句の最後の頼みの綱という期待を持って警察の門をくぐりますので、その対応の落差にショックを受けます。
昨日、片桐裕警察庁長官は「危機意識が欠如していたことの表れと言われてもやむを得ない」と述べましたが、被害届を受理しなかったことをはじめ、三県警の不作為と怠慢は甚だしく、加えて最後の打撃とも言える今回の旅行の事実は非常に悪質なものです。
この事件で警察は大きな過ちをいくつもしています。経過を以下に並べてみます。どんなに被害者家族が冷たくあしらわれていたかが分かります。
<2011年>
10月29日
父親が「娘が暴力を受けている」ことを長崎県警(西海署)に相談。 この時点で、千葉(習志野署)、三重(桑名署)ともに事案を把握。
10月30日
習志野署が加害者に口頭で警告。娘は長崎の実家に避難。
11月 1日
西海署に「傷害の被害届を出したい」と相談。「事件が起きた場所の警察署へ」との返事。習志野署は加害者へ二度目の口頭警告。
11月 5日
西海署に「無言電話が続く」と相談。
11月 7日
父親と娘の同僚が娘のマンションに入ることに。
11月 8日
父親が習志野署に「部屋の侵入跡がある」と通報するも警察は対応せず。
11月13日
このころから加害者が「居場所を教えなければ周りの人間を殺して取り戻す」という脅迫メールを女性の同級生や同僚らに送信。
11月21日
西海署と習志野署に脅迫メールについて相談。両署とも「メールを受けた人の居住地に相談せよ」と対応せず。桑名署に脅迫メールを相談し、加害者の実家の巡回を依頼するが、「西海署と習志野署に確認する」と言ったきり巡回せず。
12月 6日
女性と父親が習志野署に告訴に出向くが、「刑事課が一人も空いていない。一週間待ってくれ」と受理されず。
12月 8日
加害者が桑名の実家を飛び出す
12月 9日
未明からマンションのチャイムが鳴り、ベランダでたたく音がする。父親が習志野署に通報するが、警察官は「顔を確認したか」「逮捕は出来ない」と言って帰る。その後、警察官は加害者がマンション前にいるところを見つけ職務質問。習志野署は加害者の父親を呼び出す。父親の電話の説得により加害者は出頭、3度目の口頭警告を受ける。習志野署は加害者の両親に「実家に連れて帰るように」と指示。
12月12日
加害者から娘に「被害届を出したら殺すぞ」という脅迫メール。
12月13日
加害者がマンション前をうろつく。父親が習志野署に通報するも、「まだ書類が整っていないので逮捕できない」との返事。
12月14日
加害者が三重の実家に帰るが、父親の顔を殴って自宅を出て行方不明となる。桑名署は長崎県警に連絡せず。加害者の父親は娘の父親と面会し、「注意してほしい」と伝え、「警察に息子を逮捕してほしい」と漏らす。
習志野署が被害届を受理。
12月16日
父親が習志野署に挨拶。その後、妻と電話で会話するが、既に祖母は殺害され加害者は外に潜んでいた。妻は電話を切ったのちに殺害される。
12月17日
長崎県警が加害者を逮捕。習志野署が傷害容疑で逮捕状を取る。
12月18日
千葉県警 「尊い命が奪われ誠に遺憾」とのコメント。
12月24日
長崎県警捜査幹部 「男女間で起きる暴力行為は、報復や近親者を犯罪者にしたくないという心理から被害者の同意を得て立件するのが難しい」と話す。
<2012年>
1月24日
父親が全経緯を明らかにする。
2月 1日
千葉県警刑事部杉田義弘参事官らが遺族を訪れて謝罪。
三県警の熱意も危機感もない対応には他県の警察からも多くの批判が出ています。県警、警察署、また警察官によってストーカーへの対応は様々です。身を粉にして被害者を助ける警察官も沢山います。しかし、往々にしてそういう人間の努力は事件を防ぐことに寄与し表面に出ません。警察組織においては、防犯よりも犯行後の捜査や逮捕、立件などへ高い評価が向けられがちです。今、どんなに多くの熱心な警察官たちが腹を立てているか想像に難くありません。
◆私が感じる三警察署の問題点を以下に書き出してみました。
① 最初の相談時に、習志野署は傷害事件として直ちに捜査し、逮捕すべきであったと思います。傷害罪は親告罪ではないので届け出が無くても本当は捜査しないとならないはずです。
② 習志野署刑事課の対応を署長がチェックしていたかどうか疑問です。被害者が生活安全課に相談に行っても事案は全署には把握されません。
今回のような被害届の不受理などという曖昧な対応を避けるためには、110番してしまうのが良かったと思います。一般的に、110番は119番と同様に緊急時とか現行犯でないとだめだという思い込みがあるようですが、そんなことはないのです。昨日のことでも、1週間前のことでも、1年前のことでも、10年前のことでも、110番してよいのです。110番すれば、必ず署長の知るところとなります。(のみならず県警本部まで把握することになります。110番は「また来てください,ね」というようなことで終わってしまう相談とは違って、「ではどこそこの警察の何課に相談しなさい」など必ず具体的なことを指示してくれ、相談のエンドがつきます) 習志野警察署長がこの事案を知っていたら、流石に今回のような事態にはならなかったのではないかと思います。
③ 習志野署が傷害事件としての対処を最後まで講じなかったのは大変な不作為ですが、少なくとも、ストーカー規制法違反にあたることを確認し、加害者に警告するなどの対応をすべきでした。ところが当初、習志野署は女性が執拗なメールをもらっていたことすら確認していなかったというのですから驚きです。ストーカー規制法違反に当たることを習志野署は見逃し、加害者になんら効力のない単なる注意である「口頭警告」ばかりしていました。口頭警告に法的効力はありません。
ストーカー規制法に基づく正式な「警告」とは、被害者からの『警告申し出書』を受け、警察署長が文書にて発する警告のことです。習志野署がストーカー事案として認識し警告を発してさえいれば、その後のメールやマンション周辺のうろつき、友人たちへの脅迫メールなどのつきまとい行為のうちどれ一つをもっても逮捕につなげることが出来ました。12月9日、13日は緊急逮捕(令状なしの逮捕)も出来たはずです。
また、熱心な警官ならば、脅迫を受けた娘の友人たちに被害届けを出すようアドバイスをしてくれたことでしょう。
※一般論ですが、被害者はよく警察に「相談」に行きます。「どうしたらよいでしょうか?」と「相談」すれば、「では様子を見ましょう」で終わります。警察に行くなら、「警告をしてください」あるいは「処罰して下さい」と「要望」をしっかり持って出かけることです。また、出した被害届や告訴は出来る限り取り下げないことです。苦労して調書を作っても簡単に取り下げられてしまうことが続けば、警察官もストーカー被害者の申し出に対して先入観が生まれ、心理的に後ろ向きになってしまいます。
④ 被害女性が長崎の実家に避難したのちは、三県警は密接に連絡を取りあい加害者の同行を厳しくチェックし、行方不明時には桑名署(三重県警)は直ちに西海署(長崎県警)に連絡を入れなくてはならなかったのにしませんでした。管轄権の問題は常に言われるところで、都府県をまたぐ事件は警察庁が指導することになっています。しかし今回は被害届が受理されていないので警察庁も知らなかったと思われます。
⑤ 三警察とも、訴えにきた被害者に対して、被害届や告訴を「居住地へ」、「被害地へ」と、たらいまわしのように指示していますが、そもそも被害届も告訴も、全国どこでも出してよいはずです。ここまで警察に扉を閉められていた被害者は本当に悔しかったと思います。ただ、そこで、警察以外の第三者機関にストーカー問題と警察対応について全てを相談できなかったものか、私は残念です。
⑥ 加害者がどんなに危険な精神状況にあるか、警察は決定的に認識不足でした。従来の犯罪動機とは異なる心理的動機を持っているのがストーカーです。被害者が遠方に避難したら安全だという考え、被害者の家族までは狙われないという考えは、捨てていただきたいと思います。そして、傷害事件まで起こしているストーカー加害者に対しては、何よりも身がらを一旦拘束することを第一目標として対応すべきと思います。
◆責任を取らせる
最後に、今回の事件のご遺族の方には、習志野署(千葉県)と西海署(長崎県)、桑名署(三重県)の法的責任を追及していただきたいと思います。「二度と同じことが起きないことを願う」ならば、その為に正式な責任を取らせることが肝心だと思います。具体的には三県(知事)に対して国家賠償法に基づく訴訟を提訴してほしいと思います。
国家賠償法では、公務員の不法行為が成立するには、当該公務員の「故意又は過失」が必要ですが、「過失」に関しては、「公務員が職務上要求される注意能力を欠くこと」と解されています。今回の習志野署の告訴の不受理、三県警の危険回避に関する不作為は違法だと思います。
警察の不作為が不法行為として判決を受けた例として思い出されるのは、桶川事件の国家賠償訴訟です。女子大生がストーカー被害を受けた末に刺殺されたのは県警が捜査を怠ったためだったして、遺族が国家賠償法に基づき同県に約1億1000万円の損害賠償を求めました。しかし判決は「被害者が名誉棄損の被害を受ける恐れが客観的に認められたのに警察が適正な捜査をするという期待を捜査を怠って侵害した」と述べ、計550万円の支払いを命じるものでした。裁判長は「県警の捜査と被害者殺害との因果関係はない」などとして、他の請求については退けたのです。原告側の控訴審も棄却され、なんとも解せないものでした。
訴訟の道は大変ですが、こんな悔しい、悲しい出来ごとを単なる過去としてしまわないよう、訴訟(あった場合)では最善の判断を裁判官に求めたいです。
「コメントや無言電話を『誰か?』と想像する事は,もちろんあなたの自由ですが,それを断定するのはどうかと思います。」 とのご意見をいただき、そうだなぁと思いました。私を宛先にしてくださってありがとう。
深夜の無言電話とか、知らないアドレスの人からのメールで誹られたり罵られたりすると、嫌われていること、憎まれていることへの恐怖と苦痛から、一人でいろいろ想像します。「もし、これがあの方の言葉だったら」と推測し、「カウンセリングを再開したほうが良いのでは」など、恐怖も徐々に相手への心配に変わってゆき、いよいよ 「あの方は私を必要にしているのではないか」という思いあがりが始まり、ついには「きっとそうだ」と断定的に思いこんでしまってゆく。こういう思い込みは良くないです。無言電話もメールも、その人はただ私を嫌っているだけ、憎んでいるだけ、それでよいのに、そのままにしておかないというのは私のエゴです。
最近、友人に教えられ、アルボムッレ・スマナサーラさんというスリランカのお坊さんのことを知りました。毎朝、「パーリー語 日常読誦経典」というCDを、起床と同時にかけて聴いています。パーリー語だから意味は全く分かりませんが、なんとも気持ちが落ち着くし、聴いているうちに世界とか世間とかに親しみがわいてくるので不思議です。( もともと私は世界も世間も苦しいです。) その最後部、日本語による「祈り」があるのですが、お坊さんは、自分、親しい人々、生きとし生きるものの「幸せ」を祈るだけではなく、
「私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願いが叶えられますように
私の嫌いな人々に悟りの光が顕れますように
私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願いが叶えられますように
私の嫌いな人々に悟りの光が顕れますように」
と、自分の嫌いな人、自分を嫌っている人のことも祈ります。
日々、これを聴いているうちに、「私が嫌いな人って、私を嫌っている人って誰だったっけ?」と、分からなくなってきました。「あっ、あの人だった」と思いだしても、好きな人と嫌いな人との境界線が消えている感覚になっていて驚きます。
ともあれ、コメントで何かを指摘されるというのはありがたいことだと、今回、改めて思いました。友達だってなかなかズバリの指摘はしてくれませんから。でも、私は記事 「ご返事 いくつか・・・」 では、コメントのことまで「どなたが下さっているか分かる」と書いたのではなかったのです。コメントに関しては、どなたが下さっているのか想像しません。(ニックネームを私に教えてくれている方は、もちろん分かります。) 例外的に、文面にある特徴的な言葉から、「あの方かなあ」と自然に思い起こされることはありますけれど、「分かる」という確信までは持ちません。コメントを送ってくださった方のことを想像しないでいられるのは、どんな批判も、誹りも、コメントであれば私は怖くないからだと思います。コメントは公開が原則なので、私一人が読んでいるのではないという安心感があります。読者の方たちも読んでくださっているという支えを得ているのです。私がプログはいいなあと思うのは、コメントには匿名性と共有性があって安心が確保されるからです。
どんなコメントでも頂ければ嬉しいけれど、特に、応援してくださってるコメントをいただいた日には本当にハッピーになります。雀を見ていても、いつもより可愛い。
・・・ちょっと馬鹿なことを言うようですが、私は雀を毎日観察しています。毎日公園に行くと彼らも私を友達のように出迎えてくれます。(と、勝手に思っています。) しかし、私の家のベランダに来るのは鳩とカラスばかりです。雀がくれば餌を上げるのにといつも残念に思います。私は意味もなく子供のころから雀が好きです。『舌切り雀』の話は、もうとびっきりに。大人になってからは、生きるか死ぬかの瀬戸際で、いつも「雀だって生きているのだから、私だって生きられる」という言葉で乗り越えました。ですので雀は私の同士なのです。
それに比べて、私は鳩は好きではないと感じてきました。鳩は獰猛な感じがして苦手です。(鳩好きの人には申し訳ありません。) その鳩が、有る時、夫婦でせっせと私のベランダに巣をつくり卵をうみました。巣に気付いた管理人が、「取りはらってください」と非情なことを言ってきました。マンションの人たちの迷惑になるからと。私は鳩が好きではないけれど、巣を壊すなんてことはできません。仕方が無いので、生まれたての卵を管理人の目が届かないところに移動させれば親鳩たちもそこに引っ越すのではないか、と目論みました。巣から卵をつまみあげ、外部から死角になっている隅っこにそっと移動しようとすると・・・なんと、私は手を滑らせて卵を落としてしまったのです! ああ、鳩よ、卵よ、申し訳ありません。私の目は、私の足元にペチャンコになってしまっている卵に釘付けになりました。頭からは血が引いていました。(それは、昔、息子のハムスターを公園に散歩に連れ出した時、足元にいたはずのハムスターが消え、探そうとした振り向きざまに踏んでしまったのと同じ感覚でした。ハムスターは「きゅっ」と一声あげて死んでしまいました。)
しばらく呆然としていましたが、私は自分の罪を消すかのように、忍び足で台所に行き、冷蔵庫の中の卵を取り出し、元の鳩の巣の中に、それをそっと置きました。そうして鳩たちが帰ってくるのを窓からじっと待ちました。息をひそめた私は罪人の目をしていたでしよう。ずいぶんたって鳩たちは戻ってきました。でも鳩は愚かではありません。鶏の卵はやはり異物にしか思えなかったのでしょう。なにせ大きさが違いすぎます。しばらくうろうろしていましたが飛び立ってしまいました。
私は、その日からは鳩を嫌っていることを思わないようにしています。公園でも、鳩たちが干からびた水飲み場にたむろしている時は、率先して蛇口をあけてやります。
あの鳩たちが、今、幸せでありますように、と祈ります。